補体系は補体の活性化と非活性化のバランスの上に成り立っていて、何らかの要因でそのバランスが崩れた時にいろいろな病気が引き起こされます。
これから数回に分けて補体系が関与する病気についての記事を掲載させていただきますが、その多くはまだその原因や診断方法、治療法が確立している訳ではなく日本も含め世界各国の研究機関における研究課題の一つとなっています。
全身性エリテマトーデス(Systemic Lupus Erythematosus, SLE, Lupus)は、免疫系が体の細胞組織を攻撃し、その結果炎症や組織の損傷を引き起こす自己免疫疾患です。SLEは、抗体免疫複合体が起因となり、更に免疫反応に影響を及ぼす免疫複合体病です。発症直後は紅斑といわれる赤い湿疹がありその後鎮静します。SLEは多くの場合、心臓、関節、皮膚、肺、血管、肝臓、腎臓、神経系統に影響を及ぼします。女性の発症率は男性の7倍以上で、通常出産適齢期(15歳~35歳)に多く発症します。1
米国リウマチ学会(The American College of Rheumatologists、ACR)は臨床研究を目的としたSLE患者特定のための11の判定基準を確立しました。2,3 以下の11項目中4項目が同時にあるいは連続して2回発現すればその人はSLEとみなされます。
1 | 頬部紅斑 | Malar rash | |
2 | 円板状皮疹 | Discoid rash | |
3 | 漿膜炎 | Serositis | 肋膜炎または心膜炎 |
4 | 口腔潰瘍 | Oral ulcers | |
5 | 関節炎 | Arthritis | 圧痛、腫れ、浸出を伴う2つ以上の非びらん性末梢関節炎 |
6 | 日光過敏 | Photosensitivity | |
7 | 血液-血液障害 | Blood-Hematologic disorder | 薬物誘発性ではない溶血性貧血または白血球減少、リンパ球減少、血小板減少。免疫複合体誘発性炎症によるC3やC4の消費、あるいは先天性補体欠損症(SLEにかかりやすいと思われる)のため低補体血症も見られます。 |
8 | 腎障害 | Renal disorder | 1日0.5g以上の尿たんぱくまたは顕微鏡検査で尿中に細胞性円柱が認められます。 |
9 | 抗核抗体検査陽性 | Antinuclear antibody test positive | |
10 | 免疫異常 | Immunologics disorder | 抗Sm抗体、抗dsDNA抗体、抗リン脂質抗体、梅毒の血清検査による偽陽性 |
11 | 神経障害 | neurologic disorder | 痙攣、精神異常 |
SLEの発症メカニズムは複雑で、補体と病気の関連性からいくつかの仮説があります。最初の一つは免疫複合体の処理不全で、SLE発祥の主要因とされていました。アポトーシス細胞は自己抗原の主要ソースと考えられており、C1qが他のタンパク例えばCRPやIgMと共にそれを認識します。大部分の進行中で重度のSLE患者から低濃度の補体成分が検出されます。4
例えばC1、C2、C4など補体の古典経路に関与するタンパク質の欠損は進行中のSLEに関係づけられます。5,6 C1q濃度の低下はSLE紅斑の発症前に記録されています。SLE患者の血清中に補体タンパクに対して高い親和性を持つ数種類の自己抗体が確認されています。最初にあげられるのは、C3の活性化断片であるiC3bの抗体です。この病気における自己抗体の正確な役割は、あるとしても、まだ解明はされていません。それ以外では、比較的珍しいのですが、C3腎炎因子、C1インヒビター及びC4b2a(古典経路のC3変換酵素)が少数の患者から検出されています。もっとも一般的な自己抗体は抗C1qで、SLE患者の1/3、特に重症患者から検出されます。抗C1q自己抗体の存在と糸球体腎炎には何らかの関連性があります。通常は補体の古典経路が極端に活性化され、C1qとC4の量が低いという兆候が見られます。SLE患者におけるC3量は一般的にはよくコントロールされていますが、C1q自己抗体を持つ患者の場合通常レベルよりかなり低いかもしれません。7
逆に、アナフィラトキシンであるC5aとC3aの濃度上昇や腎臓や肺に膜侵襲複合体(Membrane Attack Complex, MAC)が沈着することが報告されており、それらが組織損傷に関わっています。活動期SLEにおいて赤血球膜の第一型補体レセプター(Complement Receptor type I 、CR1)濃度の低下やC4、C3の付着を数名の研究者が報告しています。また、高濃度の赤血球結合C4dと低濃度のCR1の組み合わせがSLEに対して高感度(72%)と高特異性(79%)を有することが実証されています。8
補体システムを操作することによるSLEの治療は非常に複雑です。補体欠損はSLE発症の重要な原因です。そのため欠損している補体タンパクを補充することで補体活性を上げることは適切だと思われますが、残念ながら治療目的で承認されている精製補体あるいはリコンビナントの補体はありません。加えて、補体活性を上げると患者の細胞組織内に免疫複合体が蓄積し炎症性障害を引き起こします。最終的には導入された未知のタンパクが抗体を誘発し治療の効果を低減させたり、失くしてしまったりする可能性もあります。
さらに複雑なのは、これは十分に根拠があることですが、補体成分、特にアナフィラトキシンやMAC(膜侵襲複合体)がSLEに関連する組織損傷を引き起こすことです。このことは補体システムの抑制が適切な治療法であるということを示しています。このような取り組みは、補体の活性化が引き起こす他の病気、例えば糸球体腎炎(glomerulonephritis)、 虚血再灌流傷害 (ischemia/reperfusion injury:I/R injury)、異種移植拒絶反応(xenograft rejection)など他の病気の治療においても研究されています。研究によると抗C5a抗体が治療上有効であるとされています。抗体を使った治験はSLE9 に悩まされている患者に提案されてきています。