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面白出張談義 第三回

2023年4月13日

前回からだいぶ時間が空いてしまったが、面白出張談義第三回。
今回はミルウォーキー~フィラデルフィア。

前訪問地セントルイスといえばバドワイザーで有名だが、ミルウォーキーも「ミュンヘン・サッポロ・ミルウォーキー」というフレーズや、地元MLBのチームがMilwaukee Brewersであることからもわかるようにドイツのミュンヘンと並ぶビール大生産地。有名なミラービール以外にもたくさんの地ビールがあり、あまりビールは飲まない私も数種類のビールを飲み比べたが、味の違いは分かるものの美味しかったという記憶はない。また、日本ではビールは冷やして飲むのが普通だが、冷やさないで常温で飲む方法もあるということはミルウォーキーで初めて知った。

ところで、ミルウォーキーの人口は50万人以上でウィスコンシン州最大の都市、のはずだったのだが、到着した日にホテル近辺を散策した印象は“閑散としている”。大きなデパートに入ったのだが広いスペースに客はまばら。平日の昼ということを考慮しても人が少ない。もう30年も前ではあるが今でも鮮明に覚えている。たまたまその日が少なかったというわけはないとは思うが、関西で言えば高島屋くらいの規模のデパートなのでやはり人の少ないのは気になった。ただ、その当時の日本のデパートと違って、店員さんに話しかけられることは一切なくウィンドウショッピングを楽しめた。
ビール好きな方ならミルウォーキーの夜は楽しめるかもしれない。ただ、私はビールは飲んでいないのだが、ミルウォーキーでは何を食べたかの記憶もない。残念!

ミルウォーキーで訪問したのはAldrich Chemicalという有機合成試薬の製造販売企業。当時合成用有機化合物を扱っていた人なら知らない人はいないだろうと思うが、家庭的な雰囲気が漂う会社で、特に印象に残ったのは、やはり女性のManagerが多かったこと。日本で当時(1990年代)Managerは課長クラスととらえられていた。もちろん会社により職務分担は異なるとは思うし、日本とアメリカでは職責、職務分担などは全く違っていたが、ここでのManagerは日本でいえば係長クラスだったのでは?と思っている。

ミルウォーキーでの仕事も無事終え最終目的地のフィラデルフィアへ。

フィラデルフィアは、ペンシルベニア州最大の都市で、2015年には世界遺産都市に登録されたように、自由の鐘や独立宣言と憲法の宣言が署名された独立記念館、フランクリンが凧を用いて電気をとらえた跡地など米国の歴史あふれる都市だが、最初に訪問した当時の私はアメリカの歴史には疎く、知っていたのは世界的に有名なフィラデルフィア管弦楽団と映画ロッキーの舞台だったことで、トレーニング中のロッキーが駆け上がったフィラデルフィア美術館の階段くらいしか知らず、仕事しか頭になかった私が歴史的建造物をゆっくり見ることが出来たのはは数年後に再び訪れた時となる。
フィラデルフィアで訪問したのは以前から交流のあった米国の中堅機器機材商社を退職されて起業された方の会社。起業されたばかりでまだ3名で運営されていた。この方にはこれ以降も色々仕事面でお世話になったのだが、3年くらい前に偶然お亡くなりになっていることを知った。

ご冥福を祈る。

フィラデルフィアでもシカゴでお世話になった阪急交通社(現阪急阪神エクスプレス)のフィラデルフィア支店の方にお世話になった。1週間のアメリカ出張でのディナーは何を食べたかほとんど覚えていないが、フィラデルフィアの夕食だけははっきり覚えている。
名前は憶えていないが川に浮かぶボート内に作られたレストランでメニューを見てもどんな料理かイメージがつかめないまま、OnionとSalmonという単語だけを頼りに選んだのは、オニオンスープとBlackened Salmon。Blackened Salmonはたぶん黒コショウをメインに数種類の香辛料をまぶしたか、漬け込んだサーモンをフライパンで焼いたものと思われる。見た目は真っ黒だが非常においしかった。米国には20回くらい行っているが、おいしかったものを選ぶとなると、米国のレストランならどこでも食べられるというわけではないが、このBlacked SalmonとSoft shell crabで1位2位を争うと思う。

さて、多少の失敗はあったものの、なんとか初の海外出張を無事終え帰国することが出来た。
わずか1週間ではあったが、その後あまり話し好きではなく、特に初めての人との会話に難があった自分が人と積極的に会話をするようになったこと、忘れかけていた英語への意欲が出たことなどを考えればそれなりの成果はあったと思われる。

以上、3回にわたって初めての海外出張の体験を書いてきた。面白・・・というタイトルをつけた割には全く面白くもない内容になってしまったので、次回は失敗談を書いてみたいと思う。

面白出張談義 第二回

2022年7月20日

面白出張談義 第二回。第一回で話したような大失敗はあったものの、訪問した会社の日本の責任者の方や、物流をお願いしている会社の米国滞在の方のおかげもあって、無事に終了した。しかしこの初出張は自分が思っていた以上に、自分では気がつかないうちにその後の自分の考え方や行動に影響を与えたようだ。

大阪伊丹空港(まだ関西国際空港は開港していない)から成田経由で最初に到着したのはその当時世界で一番混雑する空港といわれていたChicago O’HARE国際空港。広さは成田の3倍以上(だったと思うが記憶違いかもしれない)。何事も初めてで勝手がわからないまま到着。とにかく人が多い。入国審査を終え荷物を受け取るまで2時間近くかかったような気がする。自他ともに認める方向音痴である私が何の問題もなく到着フロアにたどり着けたのは奇跡だったかもしれない。

到着フロアで阪急交通社(現阪急阪神エアカーゴ)の駐在員の方の出迎えを受け昼食をとることとなったが、ここでいきなりアメリカの洗礼を受けることに。到着直後の疲労も考えて軽いものと考え長崎ちゃんぽん(のようなもの、名前は忘れた)にしたが、少し考えが甘かったようだ。とにかく量が多い。日本の標準の倍近く、控えめに言っても1.5倍以上はあり食べきれない。当時の私は大食いとまではいかないものの決して小食ではなく普通の人より食べる方ではあったが、半分食べるのがやっと。出されたものは食べきる主義を撤回するしかなかった。

昼食後は航空貨物建屋の見学に。そしてここで思いがけない幸運に。
見学させていただいたのは日本航空とFEDEX。両社ともに貨物の積み込み現場を見学させていただくことに。細かいことはもう覚えていないが、要は集荷された貨物をベルトコンベアで流し、パッケージの大きさで振り分けられるというもの。それほど驚くような仕組みでもないが、限られた貨物機に効率よく荷物を積み込むためには重要な部分と認識した。(当たり前のことかもしれないが)
一番の幸運はFedexでたまたま貨物機が倉庫に横付けしていたため、実際の貨物機の内部を見せてもらうことが出来たこと。詳細は省くが、この見学は仕事に直接かかわることではないとしても知っていて損をすることではなく、とても貴重な経験となった。

阪急交通社の方にはお世話になりっぱなしでシカゴを後にし、次の目的地はセントルイス。目的はSigma Chemical Company社。この会社私がこの業界に入った1973年頃は拡散を中心に数十ページ程度の小さなカタログでしかなかったのだが、私が訪問した1993年頃は生化学系試薬総合メーカー(注:試薬の場合小分け・ラベル貼替は製造業とみなされる)としての地位をほぼ確立し、日本でもその勢いを増しつつあった頃だ。 ここで興味深かったのはカタログ編集部門。6人のケミストが世界中から集めた競合相手のカタログデータを精査し品質から価格までをデータベース化し自社の次回カタログの参考としているとのコメント。品質管理においては2万から3万程度の製品の製造時に次回再検査の日付を入力しているという話。試薬は新しい化学物質が多く市場がよくわからないものも多く大半は早めの次回検査日を入れているということも教えてもらった。これは自社に持ち帰って簡単にできそうな気がしたが、私が在籍中に実現することはなかったのは残念。

翌日はSigma社の社長、Tom Cori氏と朝食ミーティングの機会を得た。Tom Cori氏は筋肉内でグルコースから生成された乳酸が血液を介して肝臓に届けられ肝臓で再びグルコースに変換される糖代謝の研究、いわゆる「コリ回路」の発見で、1947年度ノーベル生化学・医学賞を受賞されたカール・コリとゲルティ・コリ夫妻の息子さんである。氏の朝食ミーティングの恒例行事は相手の朝のルーチンを聞くことらしく私もさりげなく聞かれたのだが当時の私の語学力ではしゃれたことを言えるわけもなく、まるで英会話学習のような答えとなり思い出すだけで恥ずかしくなる。しかしこの経験のおかげでその後の英語学習に力が入るようになったのも事実で感謝する次第である。
このTom Cori氏、この時は気さくで快活な人だったのだが次にお会いした時は日本における自社製品の流通形態を大幅に変更する大きな計画を抱えていたせいか気難しく取り付く島もない人に変貌されていたのには驚いた。

次の訪問先はミルウォーキーにあるAldrich Chemical Company、そこからフィラデルフィアに移動し、商社であるSFSI社(Service For Science & Industry)に向かう。

今回はここまで。

面白出張談義 第一回

2022年5月23日

2020年11月に第一回ブログ「安全で安心なエネルギーをグリーンテクノロジーで」から2022年4月の第十七回ブログ「補体系が関わる病気 10」まで約1年半にわたり学術的な案件を中心にブログを続けてきたが、ここで少し目先を変えて、私が過去に海外出張や個人旅行を通して経験してきた失敗談も含めて話していきたいと思う。

私は製薬企業や大学、各種研究機関向けの研究試薬の市場で 48 年近く働いてきた。外国語学部英語学科出身ではあるが、外国には全く興味がなく、ましてや英語を話す気もなかった私ではあるが、出身学部の影響は避けられず、なぜか輸入品に携わる羽目に陥ってしまった。 因みに試薬業界では汎用試薬は別として特殊用途の試薬は大半が輸入品だった。
私が海外出張を経験したのは1992年から2016年ごろまでの24年間で40回以上の海外出張を経験したが、個人旅行はわずか3回しか経験していない。訪問した国は1回のみの国も含め23か国になる。訪問回数が多い国はアメリカとは思うが、ドイツとイギリスもほぼ同じくらいだと思う。回数はぐっと減るが次に来るのは、スイス、オランダ、オーストラリアで6回から10回。スペイン、カナダ、アイルランド、フランス、ベルギー、デンマーク、スウェーデン、中国が3回から5回で続く。イタリアは個人旅行も含め2回しか行っていない。現在の仕事の中心であるノルウェーへはまだ2回で、1回しか行ったことがない国は、ポルトガル、リトアニア、イスラエル、ニュージーランド、インド、オーストリア、メキシコの7か国となるが、それぞれに強烈な印象が残っている。年度順不同とはなるが、話をしていきたい。

初出張 いきなり一人で!

初めての海外出張はアメリカだった。外国語学部出身とはいえ、話すことは全く興味がなかった私にとってはあまりうれしい話でもなかったが、仕事と割り切って行くことにした。しかも当初同行してくれるはずだった海外出張の経験のある部長が急病で行けなくなり、一人で行く羽目となった。英語を話せる自信など全くなかったが、結構楽天的な性格か行けば何とかなるという気持ちしかなかった。
訪問したのは会社指定の当時最大の取引企業であったシグマ社とアルドリッチ社(後に合併し、シグマアルドリッチ社、更に2015年にはドイツのメルク社に買収され現在はメルクのグループ企業となっている)と、一社は自由に選択というかなり楽な設定だった。更に、とりあえず経験、と成果を求められる出張ではなかったこと、行く空港では当時メインだった貨物業者の方が出迎えてくれるようになったこと、前半の2社はアルドリッチ社の日本支店の責任者の方にアテンドしてもらえることになったことなど、至れり尽くせりの配慮も多少気を楽にさせてくれた。

「面白出張談義」と銘打った割にのっけから堅苦しい話になってしまった。この初めての出張からもう30年も経ってしまったが、やはり初めてということで印象に残っていることは多い。それは次回ということで、最後にその初出張における最大の失敗談を。

この初出張で訪れた都市は、シカゴ、セントルイス、ミルウォーキー、フィラデルフィアだが、帰国の際の乗り継ぎは、フィラデルフィア空港からニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港だった。荷物はフィラデルフィア空港で預けて日本へ直行のためジョン・F・ケネディ国際空港で荷物の預け直しはしなくてもよかったので、手荷物だけで日本行きの飛行機が出るターミナル 7 に向かえばよかったのだが、自他ともに認める方向音痴の私はどちらに向かえばいいかが全く分からない。標識も見当たらない。意を決して空港係員(らしき人)に尋ねると、どうもバスで移動しなければならないらしいことが判明。教えてもらったバス乗り場に行きターミナル番号を頼りにたまたまやってきたバスの運転手にターミナル番号を言って行くかどうか確認し「YES」の答えに迷わず乗ってしまった。飛行機の出発時間までは1時間40分くらいあったし時間はかかっても20分程度だろうと高を括っていたがこれが大きな間違いだった。

バスは30分経っても40分経っても田舎道みたいなところを延々と走り、ターミナルらしい建物が一向に見えてこない。さすがに不安になり、バスの運転手に再度ターミナルを伝えて確認すると「行くから心配するな」の言葉。その言葉を信じて更に20分程度乗り続けようやく目的と思われるターミナルで降ろされたのは出発30分前。そこはターミナルというより待合所みたいな感じで本当にここなのかと更に不安になったが、日本人らしき人や客室添乗員らしき人も見え一安心。無事帰国となった。

失敗の原因は確認不足の一言。もちろんバスに乗る前に出発ターミナルである Teminal7 に行くかどうかは確認してバスの運転士から「行く」と聞いて乗り込んだのだが、どうも反対回りのバスだったようで Terminal 7は最終地。乗り込んだのは確かTerminal8 だったので Teminal7は隣ではあるが、その当時隣のターミナルまで徒歩で行けたかどうかはわからない。今は周回のエアトレインが運航しているようなので反対周りに乗っても20分程度で行けるようだ。

さて、初めての出張で乗り物に乗るときには最大の注意を払い、わかるまで確認すること、という教訓を得たのだが、「天災は忘れたころにくる」の言葉通り、その後のヨーロッパ出張で同じミスをして、逆方向の列車に乗り、3回も乗り換えを繰り返し、予定していた飛行機に乗り遅れるという失態を演じてしまったが、これについてはまたの機会に。

面白出張談義 第一回
終わり

補体について (11)

2022年4月1日

補体系が関わる病気 10

Other Disease
~ その他の病気 ~

ライム病

ライム病はスピロヘータBorrelia burdgorferi によって引き起こされ、マダニに噛まれることで感染します。現在、世界で最も一般的なダニ媒介性の病気です。米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)が推奨する検査方法は、酵素結合免疫吸着法(ELISA)と、その後のウェスタンブロットによる陽性結果の確認です。1 しかし、これらの検査には、噛まれてからすぐに検査を行うと偽陰性になってしまうことがある、という問題があります。Shoemaker らは、急性ライム病の患者において、補体タンパク質の断片であるC3a およびC4a の濃度が上昇していることを報告しています。2 さらに、ライム病の筋骨格系の症状が主な患者では、C3a が正常で、C4a が上昇することが示されています。C4a の変化は、慢性ライム病の治療に対する反応と相関しています(治療に対する反応はC4a レベルを低下させます)。3 したがって、C4a は、ライム病の症状が持続している患者にとって貴重なマーカーとなる可能性があります。

アレルギー性喘息

アレルギー性喘息は、上気道の慢性炎症性疾患です。アレルギー性喘息は、特定の個人において、一般的な環境抗原(汚染物質、タバコの煙、アレルゲンなど)に対する不適切な免疫反応の結果として発生します。4 喘息患者の肺では、補体が活性化されているという証拠があります。アナフィラトキシンである C3a とC5a は、喘息患者にアレルゲンを投与すると上昇しましたが、健常者では変化はありませんでした。5,6 C3a とC5a の産生のバランスが、吸入アレルゲンに対する免疫/耐性の発現傾向を決定している可能性があります。アナフィラトキシンと喘息の関係を完全に解明するには、更なる研究が必
要となります。7

References

  1. Aguero-Rosenfeld, ME et al. Diagnosis of lyme borreliosis. Clin. Microbiol. Rev.18:484-509 (2005).
  2. Shoemaker, RC et al. Complement split products C3a and C4a are early markers of acute lyme disease in tick bite patients in the United States. Int. Arch. Allergy. Immunol. 146:255-261 (2008).
  3. Striker, RB et al. Complement split products C3a and C4a in chronic lymedisease. Scan. J. Immunol. 69:64-69 (2008).
  4. Zhang, X and Kohl, J. A complex role for complement in allergic asthma. Expert Rev. Clin. Immunol. 6(2):269-277 (2010).
  5. Krug, N et al. Complement factors C3a and C5a are increased in bronchoalveolar lavage fluid after segmental allergens provocation in subjects with asthma. Am. J. Respir. Crit. Care Med. 164:1841-1843 (2001).
  6. Ali, H and Panettieri, RA. Anaphylatoxin C3a receptors in asthma. Resp. Res. 6:19-24 (2005).
  7. Wills-Karp, M. Complement activation pathways: A bridge between innate and adaptive immune responses in asthma. Proc. Am. Thorac.  Soc. 4:247-251(2007).

補体について (10)

2022年3月2日

補体系が関わる病気 9

Alzheimer’s Disease
~ アルツハイマー病 ~

アルツハイマー型認知症(AD)は、治療法がなく、進行すると症状が悪化し、最終的には死に至る認知症で、1906年にドイツの精神科医・神経病理学者であるAlois Alzheimerによって初めて報告されました。1 多くの場合、ADは65歳以上の高齢者で診断されますが、発症率の低い早期発症型のアルツハイマー型認知症はもっと早い時期に発症します。2006年には全世界で2,660万人の患者さんがいました。アルツハイマー病は、2050年には世界で85人に1人の割合で発症すると予測されています 。2

アルツハイマー型認知症の原因や進行状況はよくわかっていません。ADのバイオマーカーの同定を目的とした最近の研究では、認知症患者は、ADに進行しない軽度の認知障害患者と比較して、脳脊髄液(CSF)中の補体タンパク質C3およびC4の上昇が認められました。3 ADにおける補体の活性化は、プラークや神経原線維短グル(NFT)の主成分であるアミロイドベータ(Aβ)やタウタンパク質の凝集体と補体タンパク質の相互作用によって引き起こされると考えられています。凝集したAβはC1qと結合し、古典的な補体経路を活性化します。4 異なる補体成分の生物学的活性については、以下の表を参照下さい。また、アルツハイマー病患者の脳前頭葉皮質では、ファクターBのmRNAが観察されています。5
代替経路も活性化している可能性があります。)

ADでは、補体系の阻害剤が減少します。C1インヒビターはAD患者の血漿中で減少しており、これは神経細胞やアストロサイトが活性型のタンパク質を分泌できなくなった結果であると考えられています。6,7 ADでは脳の免疫細胞であるミクログリアは、反応性が高くなり、神経細胞の減少や認知機能の低下に関与していると言われています。ADのミクログリアは、補体因子の影響を受けて、保護的な表現型と有害な表現型のいずれかをとることが示唆されています。8

アルツハイマー病に関連する補体制御用達タンパク質の生物学的活性9

補体成分生物学的活性
C1qAβの凝集を促進する;Aβのクリアランスを促進する;Aβ
によるミクログリアのサイトカインの分泌を促進する
C3aアナフィラトキシン(毛細血管の透過性を高める);興奮
毒性から神経細胞を守る
C3b免疫の付着とオプソニン化(食細胞ミクログリアによるAβ
の排除を促進する可能性あり)
C4aアナフィラトキシン(弱)
C5aアナフィラトキシン;興奮毒性から神経細胞を保護する;
ミクログリアの化学的誘引;アポトーシスを抑制する;Aβ
に刺激された単球からのサイトカイン放出を増加させる。
C5b-9神経毒性;亜致死濃度では炎症促進と抗炎症作用の両方を
持つ可能性あり

ADには補体系が関与しているということがどんどん証明されてきており、この補体系を利用した正確なバイオマーカーが診断や予測に有効であれば、アルツハイマー病の治療のための新しい治療法の開発や試験を行うための優れたツールとなります。10

References

  1. Berchtold, NC and Cotman, CW. Evolution in the conceptualization of dementia andAlzheimer’s disease: Greco-Roman period to the 1960s. Neurobiol. Aging. 19(3):173-178 (1998).
  2. Brookmeyer, R et al. Forecasting the global burden of Alzheimer’s disease. Alzheimer’sand Dementia 3(3):186–91 (2007).
  3. Daborg, J et al. Cerbrospinal fluid levels of complement proteins C3, C4 and CR1 inAlzheimer’s disease. J. Neural Trans. 119(7):789-797(2012).
  4. Loeffler, DA. Significance of complement activation in Alzheimer’s disease. TouchBriefings pgs. 52-55 (2008).
  5. Strohmeyer, R et al. Detection of complement alternative pathway mRNA and proteins inthe Alzheimer’s disease brain. Mol. Brain Res. 81:7-18 (2000).
  6. Zhang, R et al. Mining biomarkers in human sera using proteomic tools. Proteomics4(1):244-256 (2004).
  7. Veerhuis, R et al. Complement C1-inhibitor expression in Alzheimer’s disease. ActaNeuropath. 96(3):287-296 (1998).
  8. Crehan, H et al. Microglia, Alzheimer’s diease, and complement. Int. J. Alzheimer’s Dis.2012:1-10 (2012).
  9. Loeffler, DA. Using animal models to determine the significance of complement activationin Alzheimer’s disease. J. Neuroinflamm. 1:18-30 (2004).
  10. Aiyaz, M et al. Complement activation as a biomarker for Alzheimer’s disease.Immunobio. 217:204-215 (2012).
報道通信社より発行されております月刊経営情報誌『Anchor』(アンカー)のインタビューを受けました。インタビューはびわ湖大津館にて行われ、当日のゲストインタビュアーは元光GENJIの大沢樹生氏。経歴や起業に至る経緯、今後の抱負等約40分のインタビューでした。このインタビューの内容はAnchor 8月号の「地域再生─企業は人なり─」に掲載されました。

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