面白出張談義 第三回
前回からだいぶ時間が空いてしまったが、面白出張談義第三回。
今回はミルウォーキー~フィラデルフィア。
前訪問地セントルイスといえばバドワイザーで有名だが、ミルウォーキーも「ミュンヘン・サッポロ・ミルウォーキー」というフレーズや、地元MLBのチームがMilwaukee Brewersであることからもわかるようにドイツのミュンヘンと並ぶビール大生産地。有名なミラービール以外にもたくさんの地ビールがあり、あまりビールは飲まない私も数種類のビールを飲み比べたが、味の違いは分かるものの美味しかったという記憶はない。また、日本ではビールは冷やして飲むのが普通だが、冷やさないで常温で飲む方法もあるということはミルウォーキーで初めて知った。
ところで、ミルウォーキーの人口は50万人以上でウィスコンシン州最大の都市、のはずだったのだが、到着した日にホテル近辺を散策した印象は“閑散としている”。大きなデパートに入ったのだが広いスペースに客はまばら。平日の昼ということを考慮しても人が少ない。もう30年も前ではあるが今でも鮮明に覚えている。たまたまその日が少なかったというわけはないとは思うが、関西で言えば高島屋くらいの規模のデパートなのでやはり人の少ないのは気になった。ただ、その当時の日本のデパートと違って、店員さんに話しかけられることは一切なくウィンドウショッピングを楽しめた。
ビール好きな方ならミルウォーキーの夜は楽しめるかもしれない。ただ、私はビールは飲んでいないのだが、ミルウォーキーでは何を食べたかの記憶もない。残念!
ミルウォーキーで訪問したのはAldrich Chemicalという有機合成試薬の製造販売企業。当時合成用有機化合物を扱っていた人なら知らない人はいないだろうと思うが、家庭的な雰囲気が漂う会社で、特に印象に残ったのは、やはり女性のManagerが多かったこと。日本で当時(1990年代)Managerは課長クラスととらえられていた。もちろん会社により職務分担は異なるとは思うし、日本とアメリカでは職責、職務分担などは全く違っていたが、ここでのManagerは日本でいえば係長クラスだったのでは?と思っている。
ミルウォーキーでの仕事も無事終え最終目的地のフィラデルフィアへ。
フィラデルフィアは、ペンシルベニア州最大の都市で、2015年には世界遺産都市に登録されたように、自由の鐘や独立宣言と憲法の宣言が署名された独立記念館、フランクリンが凧を用いて電気をとらえた跡地など米国の歴史あふれる都市だが、最初に訪問した当時の私はアメリカの歴史には疎く、知っていたのは世界的に有名なフィラデルフィア管弦楽団と映画ロッキーの舞台だったことで、トレーニング中のロッキーが駆け上がったフィラデルフィア美術館の階段くらいしか知らず、仕事しか頭になかった私が歴史的建造物をゆっくり見ることが出来たのはは数年後に再び訪れた時となる。
フィラデルフィアで訪問したのは以前から交流のあった米国の中堅機器機材商社を退職されて起業された方の会社。起業されたばかりでまだ3名で運営されていた。この方にはこれ以降も色々仕事面でお世話になったのだが、3年くらい前に偶然お亡くなりになっていることを知った。
ご冥福を祈る。
フィラデルフィアでもシカゴでお世話になった阪急交通社(現阪急阪神エクスプレス)のフィラデルフィア支店の方にお世話になった。1週間のアメリカ出張でのディナーは何を食べたかほとんど覚えていないが、フィラデルフィアの夕食だけははっきり覚えている。
名前は憶えていないが川に浮かぶボート内に作られたレストランでメニューを見てもどんな料理かイメージがつかめないまま、OnionとSalmonという単語だけを頼りに選んだのは、オニオンスープとBlackened Salmon。Blackened Salmonはたぶん黒コショウをメインに数種類の香辛料をまぶしたか、漬け込んだサーモンをフライパンで焼いたものと思われる。見た目は真っ黒だが非常においしかった。米国には20回くらい行っているが、おいしかったものを選ぶとなると、米国のレストランならどこでも食べられるというわけではないが、このBlacked SalmonとSoft shell crabで1位2位を争うと思う。
さて、多少の失敗はあったものの、なんとか初の海外出張を無事終え帰国することが出来た。
わずか1週間ではあったが、その後あまり話し好きではなく、特に初めての人との会話に難があった自分が人と積極的に会話をするようになったこと、忘れかけていた英語への意欲が出たことなどを考えればそれなりの成果はあったと思われる。
以上、3回にわたって初めての海外出張の体験を書いてきた。面白・・・というタイトルをつけた割には全く面白くもない内容になってしまったので、次回は失敗談を書いてみたいと思う。